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 建築物

本堂は「龍華年表」によると天保元年(1830)9月15日に上棟している。木材は越前真浄寺の裏山から採ったものだという。瓦銘に天保10年とあり、この頃に完成したものと考えられる。この堂は日蓮宗本堂の伝統的な平面形式を守っており、外廻りの立面構成も旧守的であるが、内部の空間はきわめて平明で、近世的なといえるものを創出している。
本堂
三菩薩堂は祖師堂に当るが、日蓮、日朗、日像の三祖を合祀しているので、三菩薩堂という。三菩薩の由来は、二世大覚上人が、延文3年(1358)雨乞いの霊験をあらわし、それにより日蓮に大菩薩、開山日像とその師日朗に菩薩号の勅賜をうけたことによる。天明大災直後に仮本堂として再建され、寛政2年(1790)には法儀が当堂で営まれた。
三菩薩堂
御真骨堂は元々鐘眞窟と言い、日蓮大聖人、日朗聖人、日像聖人の御眞舎利を奉安するお堂です。明治の始め頃、当山第五十二世福田日耀上人の代に再建されました。
御真骨堂
尊神堂は鬼子母神が祀ってあり、鬼子母神とは安産や子供の守護神、さらには最悪を除き福をもたらす神として、あがめられています。また天皇自ら参拝されたお堂でもあり、天拝鬼子母神堂とも言われております。
尊神堂
慶中大菩薩は、もともと京都御所鎮護の守護神にてお上にお仕えする女官たちが尊崇していた霊験あらたかな神様であります。当山が後醍醐天皇の勅願寺として建立のおり不思議なご縁によって当山の境内に祀られるようになりました。願い事が必ず叶うという事で以来遠近の信者の篤い信仰を集めて今日に至ります。
慶中大菩薩
妙見大菩薩は国を守り、災いをなくし、または人々の福寿を増す功徳がある神様であります。
妙見大菩薩
鐘楼は天明大災の焼失後に再建されたもので、大門の東隅に在ったのであるが、昭和四十年曽て五重塔があった現在地に移築されました。鐘は正徳3年の鋳造である。
鐘楼
正面に庫裏、右手に大玄関と、その向こうに客殿の大屋根を望む、妙顯寺本坊の入口付近の景観で桜の頃はことに美しい。
大玄関と方丈
勅使門は天皇、天皇の許可を得た勅使しか出入りが出来ない門で、戦前までは客殿の正面右手奥に天皇専用の玉座の間があり、ここでご祈願をなさっていた。
勅使門
壽福院塔は客殿とその南正面にある勅使門、及び、その右手に聳える十一層の大石塔である。この塔は加賀の藩主、前田利家の室、壽福院日栄(徳川家康側室のお万方と並び称せられる法華外護の大信者)の壽塔であって、その当山への丹精を記念して寛永五年に建立されたもので、天明の大火に焼けて損失した部分もあるが、立派な石造物である。
壽福院塔

〒602-0005 京都市上京区寺之内通新町西入妙顯寺前町514
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